祈りの答え

私たちが力を求めれば、神は困難を与えて下さる。

知恵を求めれば、問題を与えて、それを解決することによって知恵が深まるようにして下さる。

繁栄を嘆願すれば、そのための努力ができるように頭脳と体力を祝福してくださる。

勇気を願い求めれば、克服するための危険を与えて下さる。

恵みを求めれば、その機会を与えて下さる。

これが祈りの答えである。

                        チャールズ・マンリー・ブラウンの言葉

子どもは星

どの子も子どもは星

どの子も子どもは星

みんなそれぞれがそれぞれの光をいただいて

まばたきしている

ぼくの光を見てくださいとまばたきしている

わたしの光も見てくださいとまばたきしている

光を見てやろう

まばたきに応えてやろう

光を見てもらえないと子どもの星は光を消す

まばたきをやめる

まばたきをやめてしまおうとしはじめている星はないか

光を消してしまおうとしはじめている星はないか

光を見てやろう

まばたきに応えてやろう

そして

天いっぱいに子どもの星を

かがやかせよう。

『東井義雄詩集』(花神社)より

思い

もし、自分でダメだと思えば、ダメになってしまう。

しかし、自分は違うんだと思えば、がんばることもできる。

勝(か)ちたいのだが、勝てそうもないと思えば、十中八九勝ない。

初めから負けると思っていれば、絶対に勝つことは出来ない。

この世のことに限らず、成功・不成功はすべて人の思いから始まる。

すべては思い次第である。

この世は、その第一歩を踏み出す前から敗れているレース、

仕事にかかる前から失敗している臆病者が、なんと多いことか。

大きな思いは行いを向上させ、小さな思いは人を萎縮させる。

自分には何ができ、何をしたいのか、すべては思い次第である。

自分を優れた者と思えば、そのようになる。

自分を高めるには、そのような思いを抱かなければならなくなる。

賞を得たいと思えば、自分に先ずその確信がなければならない。

人生の戦いは、必ずしも強いもの、早いものが勝つのではない。

最後の勝利者となるのは・・・いつも自分には出来ると考えている人である。

                         ウォルター・D・ウォルトンの言葉

この男を見よ!勇気がわく

ここでアメリカの新聞に掲載されたメッセージを紹介したい。

 もし君がときに落胆することがあったら、この男のことを考えてごらん。

 小学校を中退した。

 田舎の雑貨屋を営んだ。  破産した。 借金を返すのに十五年かかった。

 妻をめとった。 不幸な結婚だった。

 下院に立候補。 二回落選。

 上院に立候補。 二回落選。

 歴史に残る演説(*)をぶった。 が聴衆は無関心。

 新聞には毎日たたかれ 国の半分からは嫌われた。

 こんな有様にもかかわらず、想像してほしい

 世界中いたるところの どんなに多くの人々が

 この不器用な、ぶさいくな、むっつり者に啓発されたことかを

 その男は自分の名前を いとも簡単にサインしていた。 

 A・リンカーン、と

『アメリカの心』(学生社)より

リンカーンの失敗と挫折、そして第16代大統領に...

1831年(22才) ビジネスに失敗
1832年(23才) 地方議員選挙に落選
1833年(24才) ビジネスに再び失敗
1835年(26才) 最愛の恋人アンが熱病にかかり死去
1836年(27才) それが元で生きる力を失い、神経衰弱の病気になる
1838年(29才) 議会で敗北
1840年(31才) 大統領選委員選挙に落選
1842年(33才) メアリと結婚(癇癪もちで、リンカーンをほうきの柄でたたくなどは日常茶飯事)
1843年(34才) 下院選挙に落選
1855年(46才) 上院選挙に落選
1856年(47才) 副大統領選挙に落選
1858年(49才) 上院選挙に落選
1860年(51才) 「丸太小屋からホワイト・ハウスへ」のキャッチコピーで大統領に当選
1865年(56才) ワシントンのフォード劇場で観劇中に暗殺される

<リンカーンの名言>

・私の最大の関心は 君が失敗したことではない。君がその失敗に感謝できるかどうかだ。

・常に肝に銘じなさい。あなたの成功に対する決意が何よりも重要だということを。

・責任を今日逃れることによって、明日の責任から逃れることはできない。

・そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。

・人民の 人民による 人民の為の政治を、この地上から絶滅させてはならない。

(*)
この言葉は、1863年11月19日、南北戦争の最中、ペンシルベニア州のゲティスバーグの丘で行なわれた戦没兵士を弔うための式典で話された、わずか2分ほどの短い演説の結びの一言です。今では「ジェファーソンの独立宣言とともに、アメリカの政治文書の双璧」と讃えられるほど有名ですが、当時のマスコミの中には、称讃するものもあった反面、質の低い演説として酷評するものもありました。例えば、イギリスの有名な新聞『ロンドン・タイムズ』は、「実になっていない話であった。あれが大統領の演説とはお粗末なものである」と、こきおろしています。
リンカーンにお話の依頼があったのは、この式典のわずか2週間ほど前で、大統領としての激務に加え息子が熱を出し、ひと騒動起こった中でのことでしたが、リンカーンはいささかも手を抜かず、演説の原稿を準備しました。この演説は、言葉に無駄がなく、よく吟味されており、独立宣言の「すべての人は平等につくられている」ということから始まり、アメリカ合衆国へ、生ある人間一人一人が献身すべきことと、その高い理念がきわめて明快に述べられています。

演説の全文は次のとおりでした。

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.
Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.
But, in a larger sense, we can not dedicate — we can not consecrate — we can not hallow — this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here. It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us — that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion — that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain — that this nation, under God, shall have a new birth of freedom
— and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

失敗を恐れるな

君はこれまで何度も失敗した。きっと憶えてはいないだろうが。

初めて歩こうとしたあの時、君は転んでしまった。

初めて泳ごうとした時、君は溺れそうになった。

そうじゃなかったかい?

初めてバットを振った時、バットはボールに当たったかい?

強打者と呼ばれるホームランを一番よく打つヒッターは、よく三振もするものだ。

R. H. メーシーは、7回も失敗したあとで、ようやくニューヨークの店を成功させた。

英国の小説家、ジョン・クリーゼーは、564冊の本を出版するまえに、753通の断り状を受け取った。

ベーブ・ルースは、1330回三振したが、714本のホームランをかっとばしている。

失敗を恐れちゃいけない。

トライもしないで逃すチャンスこそ、恐れたほうがいい。

                                   『アメリカの心』(学生社)より

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八千代市合気会ブログでは乾先生に合気道やその他お勧めの本などいろいろと紹介していただきます。

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合気道の紹介

心身鍛錬の道

合気道 開祖植芝盛平翁
合気道は、開祖植芝盛平翁(1883~1969)によって創始された新しい武道です。合気道は、”武道の真髄なり” ”護身術なり” ”武術にして舞なり” あるいは ”万人の健康法なり” と言われる日本独特の心身鍛錬の道です。通常の稽古に当たって、いわゆる試合形式をとらず、技を繰り返して学ぶので、無理なくお互いの習熟度に合わせて稽古ができ、老若男女を問わず自分に合った稽古ができます。

真の武道

開祖は、宇宙の真理に基づいた武道を求められ、真の武道を窮理するに至りました。それは、「では合気道とは?」という質問に対して、「合気道は普通の人たちが考えている武道とは全然違います。」 「私にいわせれば、真の武道ということができよう。というのは、宇宙の真理から出てきた武道だからです。」と答えられているとおりです。
宇宙の真理については、「そしてその宇宙は一つのものから分かれてできていて、宇宙全体が一つの家族の様に和合し、平和の極地を表現しております。こうした宇宙観から出発している合気道は全く愛の武道でなければならないということです。」と説明されています。
この言葉から、合気道は宗教的になったという見方をする人もいますが、開祖の宇宙観は、次の方々が究められた真理とぴったりと一致しています。

<山岡鉄舟>

「宇宙と自分とはひとつであり、当然のこととして全ての人々は平等である。」「天地同根・万物一体の理を悟ることで、生死の問題を解決し、与えられた職責を果たし、正しい方法にしたがって衆生済度のために尽くす。」

<アインシュタイン>

「人間は、ある統一的な全体の一部分である。この統一体をわれわれは『宇宙(サムシング・グレイト)』と呼ぶ。人間は時空間に限定された一部分なのである。人間は、自分自身や自分の思考や感情を、他から分離され独立したもののように体験するが、それは人間の意識が視覚(肉体的な感覚)に惑わされた妄想に過ぎない。われわれはこの妄想に捕らわれてしまい、個人的な判断や、そばにいるごく少数の人々に対する感情の中に自分を閉じ込めてしまう。われわれは自分自身をこの捕らわれから解き放たなければならない。そのためには、すべての生き物と自然全体を、その美しさのままで包み込む思いやりの輪を広げていかなければならない。」

開祖が到達されたこの宇宙の真理(武の至妙境)は、”神人合一” ”我即宇宙” ”日本武道の真の精神” という言葉でも表されていますが、これが ”武道の真髄なり” と評される所以です。

現在、合気道は、開祖の意を体して財団法人合気会を中心母体として普及されており、世界90か国にその裾野を広げています。

開祖の道話

開祖の道話(合気道に関する話)は、理解するのが難しいと言われます。

「『合気神髄』(植芝吉祥丸監修、柏樹社、1989年)というのは植芝さんの語録をまとめたものですが、みんなわからないというんです。読んでも、何を言っているんだか一つもわからないというんですが、まず合気とは愛気であってということを言います。これでまずわからないとみんな言うんですね。それで植芝さんの説明だと、合は合一だ、争わないことだ、それで宇宙の心と和合することだという。これでもうみんなついていけないということになる。」
(『<気>と呼吸法』鎌田茂雄・帯津良一著、春秋社1999年)

そのため、少しでも開祖の道話が理解できるように、別表に『神名の意味』、『特別な用語の意味』等を公開します。また、『開祖年譜』を示します。

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